鉛筆実験室

〜鉛筆のための音楽と立体と光画

 突き上げてくるものがある。湧き出てくるものがある。そんなマグマのようなものを「芸術的衝動」と呼ぶのだろうけれど、私は何かが違うみたいだ。私の場合は突き上げて、そして湧き出て来ると言ってみるものの、その全部が私自身の内側からくるものではなかったりするからだ。

外からの刺激、どこからか下りて来る予感、そんなものも「突き上げ湧き出て来るもの」だったりする。

私の内側と私の外側の異常接触。日常を越えるチャンス。ラッキーな接触もあれば人を寄せつけない真冬の凍る山みたいに身動きが取れないような接触もある。

 鉛筆による抽象画、絵の具やパステルによる彩色抽象画、布糸立体、そして写真においての制作に関しては個々違う作業なのだが共通項があるとすれば、それは「接触したもの」との会話かもしれない。内側から突き上げるものが外側の何かをキャッチすることもあれば、外側のわき上がる何かにうわっと私が捕まることもある。だから私はいつも「おまえはなんだ?」「おまえはだれだ?」と質問を続けながら制作している。簡単に応えてくれる訳も無く、無言だったりするのだけれど、その無言の様子がただただ美しかったりする。そしていなくならぬうちにそっと写しとる。ある時は何も考えないで紙の上に置いた鉛筆の先が、隠れていた火山のマグマの皮膜を破りふいに爆発が始まることもある。絵の具でそれを塞ごうとしても爆発の連鎖は止まらず、紙のあちこちで噴火が始まる。あれよあれよと大爆発となり、私の常識や知識や知恵や情報が作り上げていた風光明媚花鳥風月が、赤いマグマの流れに飲み込まれていく大崩壊に繋がっていくこともある。そこでの私はすごいすごいとただひたすら圧倒され「これだこれだ見たかったのはこれだ」とはしゃぎながらシャッターを切るように写し取る。

​ 私の作品は興奮と冷静が定着したもの、といえばいかにも作家然としていいのかもしれない。でも、そう言うことでこぼれ落ちていく何かも多い。作品や美しさに対しての向き合いかたが「子供のそれ」なのかもしれない。いい天気だった時のワクワク感、知らない道のドキドキ感。そんな時に起こっていた内側の何か。私を呼び止めた世界の何か。振り向いたり駈け出して近寄ったり。私の作品は放課後の子供のように忙しいのだ。私の線ははしゃぎ声、私の色は驚愕の歓声、私の糸は悲鳴、私の画像はため息。それらをぎゅっと抱きしめたもの。それが私の作品と今は言っておこうと思う。

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音楽素描 M-Draw
音楽素描 M-Draw

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